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『冥想の秘訣』 〈 二項対立の世界を超える 〉

『冥想の秘訣』 〈 二項対立の世界を超える 〉

 私たちの住むこの世界は、「努力して何ものかになる」という考えに支配されています。
子どもでも大人でも、「努力は報われる」という考えを否定しないはずです。「勉強して○○になる」「働いて賃金を得る」「修業して阿羅漢になる」など、当たり前のことと考えています。しかし、冥想の世界、真理の世界では、この考え方は大いに問題があります。何故なら、すでに時間と思考という異物を含んでいるからです。意味がわかるでしょうか?
 これらが二項対立の世界です。二項対立の世界とは、白と黒・善と悪・美と醜・明と暗・戦争と平和・無知と有識・混濁と静寂・輪廻と涅槃と言った、対立を含んでいる世界のことです。
 何故この世の中から戦争や争いがなくならないのでしょうか? 二項対立の世界では、その相対する概念の中に、反対の概念が含まれているからです。戦争と平和と言う人の平和の中に戦争が含まれているという意味です。「平和を勝ち取る為に戦う」ということが人間の世界で行われて来たことです。今も何の変化もありません。 恋愛の世界が哀れなのは、愛を知らない人が愛を語り。愛とは無関係な所有や暴力、性愛や無関心という残酷さを愛と思っているからです。これは、愛ではなくて、好き嫌いの世界、「執」(取)です。
 ブッダの冥想は「思考を捨てる実践」です。思考そのものに問題があるからです。仏教では思考を分別と言います。二項に分けるという意味です。目の前にありのままの世界があります。そのありのままの姿が美であり、愛とも言えます。そこには人間の思考はありません。そこにあなたがやって来て、「美しい」とか「世界」とか呼びます。それが分断です。あなたはそのありのままの世界に「世界」という陳腐な名前をつけて、「知りました」と言うのです。その正体が時間であり、思考です。
 「二項対立の世界を超える」言葉で言うとたいそうですが、決して難しいことではありません。思考は二項に分別することです。あなたの脳に思考がはじまるやいなや、「私」と「世界」という分断が起こります。「ペットボトル」と呼んだ瞬間に、「私」と「世界」の分裂が始まります。「私」と「世界」とは、「観察者」と「観察されるもの」のことです。
 「真理を見よう」「真実を知ろう」、としないで。真実でないものを見極めます。真理は既知のものではありません。真理は過去にも未来にもありません。真理は感情でも思考でもありません。何ものかになろうとする運動が止んだとき、そこにあるのはありのままの自分です。
 世界から戦争をなくしたいと本気で思うなら、中東に行かず、何処にも行かず、今ここで二項対立の世界を離れることです。


空
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