講座案内

【英知の学び交流会】

4月1日 土曜日 (原則 第一日曜日) 13:00~17:00

場所 京都仏教サンガ・黄檗道場(所在地地図参照)
問い合わせ先(メール) daikan_shoda@yahoo.co.jp(正田 大観)

内容 古今東西にわたる真理の言葉を題材に覚者の智慧について学びます。
学びのガイド 正田大観

【みんなの仏教】

4月 8日 土曜日(原則 第二土曜日)・13:30~17:00
場所 浄土宗・羽戸山安養寺(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) anyouji28@outlook.jp(吉水 秀樹)
内容 ブッダの冥想を実践し参加者一同で意見交換をします。


【京都ダンマサークル】

4月15日(土曜日) (原則 第三土曜日)・13:00~17:00
場所 京都仏教サンガ・黄檗道場(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) kusalams@yahoo.co.jp(関 政範)
内容 パーリ経典をテキストに初期仏教一般について学びます。
学びのガイド 正田大観

【初期仏教研究会】

4月20日 木曜日
場所 浄土宗・羽戸山安養寺(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) anyouji28@outlook.jp(吉水 秀樹)

【ブッダの冥想研究会】

4月23日 土曜日13:30~17:30
場所 浄土宗・羽戸山安養寺(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) anyouji28@outlook.jp (吉水 秀樹)
内容 クリシュナムルティのビデオやテキストを題材にブッダの冥想を学びます。
学びのガイド 吉水秀樹



* 日程は原則。月によって変更する場合があります。初参加の方は事前の問い合わせが必要です。
* 参加費は喜捨(カンパ・目安500円)
* 参加資格はありません(真剣な探究者であること、それだけです)。
* テキストはこちらで用意いたします。手ぶらでお越しください。




 真実在への取り組みについて、和やかに話し合うのに都合のいい場所で落ち合う、二十人から二十五人くらいの人々から成る、会費も会員資格もない小さなグループを持つほうが、賢明なのではありませんか? いかなるグループも排他的にならないようにするために、時々メンバー同士が励まし合ってもいいし、別の小さなグループに参加してもいいかもしれません。こうすると、グループは拡張し、狭まったり、偏狭になったりしないでしょう。

 高い所に登るためには、低い所から始めなければなりません。この小さな始まりから、人はより正常で、より幸せな社会つくりに貢献できるかもしれないのです。

     J・クリシュナムルティ(コスモス・ライブラリー刊『四季の瞑想』p.365)
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講座案内

講座案内

【英知の学び交流会】

3月4日 土曜日 (原則 第一日曜日) 13:00~17:00

場所 京都仏教サンガ・黄檗道場(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) daikan_shoda@yahoo.co.jp(正田 大観)

内容 古今東西にわたる真理の言葉を題材に覚者の智慧について学びます。

学びのガイド 正田大観

【みんなの仏教】

3月 11日 土曜日(原則 第二土曜日)・13:30~17:00

場所 浄土宗・羽戸山安養寺(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) anyouji28@outlook.jp(吉水 秀樹)

内容 ブッダの冥想を実践し参加者一同で意見交換をします。



【京都ダンマサークル】

3月18日(土曜日) (原則 第三土曜日)・13:00~17:00

場所 京都仏教サンガ・黄檗道場(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) kusalams@yahoo.co.jp(関 政範)

内容 パーリ経典をテキストに初期仏教一般について学びます。

学びのガイド 正田大観


【ブッダの冥想研究会】

3月25日 土曜日13:30~17:30

場所 浄土宗・羽戸山安養寺(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) anyouji28@outlook.jp (吉水 秀樹)

内容 クリシュナムルティのビデオやテキストを題材にブッダの冥想を学びます。

学びのガイド 吉水秀樹



* 日程は原則。月によって変更する場合があります。初参加の方は事前の問い合わせが必要です。
* 参加費は喜捨(カンパ・目安500円)
* 参加資格はありません(真剣な探究者であること、それだけです)。
* テキストはこちらで用意いたします。手ぶらでお越しください。




 真実在への取り組みについて、和やかに話し合うのに都合のいい場所で落ち合う、二十人から二十五人くらいの人々から成る、会費も会員資格もない小さなグループを持つほうが、賢明なのではありませんか? いかなるグループも排他的にならないようにするために、時々メンバー同士が励まし合ってもいいし、別の小さなグループに参加してもいいかもしれません。こうすると、グループは拡張し、狭まったり、偏狭になったりしないでしょう。

 高い所に登るためには、低い所から始めなければなりません。この小さな始まりから、人はより正常で、より幸せな社会つくりに貢献できるかもしれないのです。

     J・クリシュナムルティ(コスモス・ライブラリー刊『四季の瞑想』p.365)

アチャン・ニャーナラトー師の講話 

 アチャン・ニャーナラトー師の講話 
二〇一六年 六月二十六日 NHK「宗教の時間」のレポート  吉水秀樹



この日のラジオ放送を録音準備して楽しみにしていました。しかし、私の失敗で聞き逃してしまいました。あきらめていたら、今年になってネット上で偶然発見して、拝聴することができました。有り難いことでした。
さて、その内容をレポートします。一回では書ききれない深い内容です。ニャーナラトー師は私と同い年です。京都大学の医学部を卒業して、現在欧州最大のテーラワーダ寺院の副住職をされています。そのように聞いて、その輝かしい経歴しか見ない人もいるかも知れません。私の知っているニャーナラトー師は、その経歴から受ける印象とは無縁の人です。そして、私の知る限りで最も腰の低い人です。そもそも師にとって生きることは、「他の生命に迷惑を掛けないように生存する」ことだと本人の言葉から私は受け取りました。森林派の出家者で、ブッダの時代からの伝統を守り、午後の食事を摂らないことや、異性に触れない、お金に触れない戒律を厳守して、現代社会で生きておられます。この修行生活だけで、私は敬礼いたします。
若い頃はだれでも「これだ」というものを見つけたいものです。しかし、それは簡単なことではありません。捨てたものの大きさと、志の大きさと、苦しみの大きさは面白い関係にあります。若い頃の師のタイでの葛藤と苦悩は私には想像もできません。この歳になって、捨てたものの大きさと福楽は比例すると思うようになりました。捨てれば捨てるほど幸福になるのです。すべて捨てた人が一番幸福なわけで、そのような人を阿羅漢というのでしょうか。
さて、講話にはいろいろなテーマがありましたが、その中で私にとって一番強く印象に残ったことをレポートします。
師がタイを離れて、イギリスで暮らし始めた二年目頃のエピソードです。タイでは仏教は文化として受け入れられています。タイで僧侶として暮らすことは、魚が大海で生きるような安心感があるでしょう。しかし、アジア人のテーラワーダ仏教僧がイギリスで暮らすことは、魚が水たまりで生きるようなストレスが想像されます。
ある日托鉢に出かけ街角で立っておられた時に、初老の男性が寄って来られて、厳しい目で、「お前は何をやってるんだ」と聞かれたそうです。「托鉢です」と答えたら、「お前は仕事をしないのか」と言われて、その後「useless」と言い放って立ち去られたそうです。簡単に説明すると「役たたず!」と罵って、立ち去ったということです。
托鉢の時は、肉体的にも精神的にも緊張があり、ゆったりと生きている瞬間ではありません。そこに「役たたず!」と罵られることはキツイと思います。
さて、その後の師のこころの動きが興味深いです。私の視点から書きますが、師はその後歩きながら、「何が起きたのか」そのありのままを観察されたと思います。おそらく僧院では体験したことのない感情の動きあったことでしょう。
師は最初に、自分には人に大切にされたいという思いがあることに気づかれたと思います。そして、それは自分だけではなくどんな人も、やっぱり大事にされたいという気づきに至りました。
その瞬間の正直な気持ちは、やはり優しくして貰いたかったという自分の気持ちであって、それに出会うことで、かなりの苦しみが落ちたと言うのです。
言葉で表現すると何でもないことなのですが、この自分のありのままのこころに出会うことが肝心要です。それは自分や他の生命への優しさであり、この繊細で丁寧な気づきこそが生身で生きる今ここにおいて、最も大切にすべきことなのでしょう。
 さらにこのテーマは深い洞察に繋がっていきます。そもそも、「useful」と「useless」。
「役に立つ」と「役に立たない」この二つの分断が世界を切り裂いています。人を見るときに、「この人は役に立つ」あるいは、「この人は役に立たない」と。「役に立つか、立たないか」という尺度でしか物事を見ない。
あるいはそれが「切り方」になって、常に自分の目線で人を切り裂く、対象を切り裂く。これが今世界で起こっていることだと思うのです。
 「useful」と「useless」の世界が一つの例で、この二項対立の世界が隅々まで広がっているのが、私たちの住む現代社会ではないでしょうか。
「善悪」「勝ち負け」「勝ち組と負け組」「成功と不成功」「手に入る手に入らない」「冥想で、ある境地に入った、入らない」…と。
そうして「これが生きる価値です」「これが真理です」と、自分の見解を持ってしまうことで、そうでないものを否定する。その枠組みに入るものと、入らないものの対立が起こります。これが二項対立の図式です。そして、その対立で苦しんでいるのが、他の誰でもない私自身なのです。
 「自信」という言葉があります。「自らの信」と書きます。それは「自分を信じる」ということでもあります。その自分というものの中味は「私はこういうものを持っている」「私はこのような能力があるから、社会的に価値がある」ということです。
このレベルで自分を見て、人を見て、幸福や人生の意味や価値を見出している。これはたいへん愚かで、恐ろしいことです。
一見社会的な成功を修めた人でも、よく眺めて見れば、失う恐怖や不安に怯えながら生きています。そうして、人生の終局においては、やがて生老病死のなかで、間違いなく「useless」になる恐怖を解決できないで喘いでいます。
 「二項対立を超える」
「自信」「信念」「信仰」、自分の信念を信じるこころのエネルギーの方向を変えることが大切だと思います。「自信」の「自」の部分を「自ず」「自ら」ではなく、努力の要らない「自」、ありのままの「自」、空っぽの「自」に替えると、「ありのままの信」「空っぽの信」にかわります。それこそが冥想であり、結局「ありのままの私」「そのまま」「あるがまま」が肝心要となります。如来という言葉の「タターガタ」も、元はtaであって、「それ」「そのまま」「あるがまま」と同義です。
真実在とは、「useful」と「useless」の二項対立を超えた、あるがままの世界であり、このことが、ブッダの教えの中核なのだとつくづく思います。何を見ても、何に触れても、対象を切り裂くことなく、二項対立の世界離から離れて、ありのままを見ることが、見解を捨ててありのままの知覚にとどまることが、私のなすべきすべてのように思う今日この頃です。


Ajahn Nyanarato

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【英知の学び交流会】

2月4日 土曜日 (原則 第一日曜日) 13:00~17:00

場所 京都仏教サンガ・黄檗道場(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) daikan_shoda@yahoo.co.jp(正田 大観)

内容 古今東西にわたる真理の言葉を題材に覚者の智慧について学びます。

学びのガイド 正田大観

【みんなの仏教】

2月11日 土曜日(原則 第二土曜日)・13:30~17:00

場所 浄土宗・羽戸山安養寺(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) anyouji28@outlook.jp(吉水 秀樹)

内容 ブッダの冥想を実践し参加者一同で意見交換をします。



【京都ダンマサークル】

2月18日(土曜日) (原則 第三土曜日)・13:00~17:00

場所 京都仏教サンガ・黄檗道場(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) kusalams@yahoo.co.jp(関 政範)

内容 パーリ経典をテキストに初期仏教一般について学びます。

学びのガイド 正田大観


【ブッダの冥想研究会】

2月26日 日曜日13:30~17:30

場所 浄土宗・羽戸山安養寺(所在地地図参照)

問い合わせ先(メール) anyouji28@outlook.jp (吉水 秀樹)

内容 クリシュナムルティのビデオやテキストを題材にブッダの冥想を学びます。

学びのガイド 吉水秀樹



* 日程は原則。月によって変更する場合があります。初参加の方は事前の問い合わせが必要です。
* 参加費は喜捨(カンパ・目安500円)
* 参加資格はありません(真剣な探究者であること、それだけです)。
* テキストはこちらで用意いたします。手ぶらでお越しください。




 真実在への取り組みについて、和やかに話し合うのに都合のいい場所で落ち合う、二十人から二十五人くらいの人々から成る、会費も会員資格もない小さなグループを持つほうが、賢明なのではありませんか? いかなるグループも排他的にならないようにするために、時々メンバー同士が励まし合ってもいいし、別の小さなグループに参加してもいいかもしれません。こうすると、グループは拡張し、狭まったり、偏狭になったりしないでしょう。

 高い所に登るためには、低い所から始めなければなりません。この小さな始まりから、人はより正常で、より幸せな社会つくりに貢献できるかもしれないのです。

     J・クリシュナムルティ(コスモス・ライブラリー刊『四季の瞑想』p.365)